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選択
羞恥心とカレー、どっちが好き?
- 2008-08-18 (月)
- 夢を叶える
昨日、車中のラジオで・・・
夏休みだからでしょうか?子どもがどんなものが好きなのかを
インタビューする番組が車のラジオから聞こえてきました。
アナウンサー(以下、ア)と、子ども(以下、子)の会話はこうです。
ア:好きな歌手はだぁれ?
子:う~んとねぇ、羞恥心
羞恥心は私の子どもも好きなようです。テンポ感があって分かりやすい
音楽が人気なんでしょうか?3人の雰囲気もなじみやすい感じがします
しね。
続けて、
ア:じゃぁ、好きな食べ物はなぁに?
子:う~んとねぇ、カレー
やっぱり、子どもといったらカレー。私もカレーは大好きですが、ある
意味子どもなのかもしれません。
次のアナウンサーの質問が笑えました。
ア:じゃぁ、羞恥心とカレー、どっちが好き?
子:う~んとねぇ・・・(ちょっと悩んで)カレー
羞恥心、カレーに惨敗(笑)。
私達の毎日は「比較と選択」です
子どもが羞恥心とカレーを選択した結果、カレーを選択しました。
私達も毎日、たくさんの比較と選択を繰り返します。例えば、
・お昼のメニュー
・洋服
・彼氏・彼女(笑)
胃には限界がありますし、お金にも限界がある。
彼氏、彼女は基本的に一人しか選べないので慎重になります。
(中には複数選択する人もいますが…)
仕事や結婚など、私達の人生そのものが、比較と選択で成り立っている
と言っても過言ではありません。
選択すると起きること
私達は何かを比較して決意し選択すると、もう片方の存在の
意識が薄くなるものです。
例えば、Aの洋服とBの洋服を比較してAを選んだとします。
そういう場面はあなたにも経験あるでしょう?
このとき、どんなことを考えるでしょうか?最初は、
「Bにすればよかったかなぁ」
と迷うかもしれませんが、その後は、Aが他店にもあるか?、
もしあったら価格は買った店より高いか安いか?など考えます。
そうです。私達は何かと
「Aを選んだ自分の正しさを証明しようとする」
んです。そして、Bの意識は次第に薄くなっていきます。
時々、「やっぱりBの方にすればよかった!」とAの選択の過ち
に気づき、Bが確信に変わる場合がありますが、Bに選択し
なおした結果、起こることは同様です。
「どっちも」という選択もアリ
選択すると、どちらか一方の意識が薄くなるのは時にもったいない
と思うことがあります。
どんな場面かといえば、
「全く関連しないもの同士での比較と選択」
です。
例えば、冒頭の「羞恥心とカレー」なら「どっちも好き」はアリ
ですし、あえて選択する必要も本来はありません。
例えば、「家庭と仕事、どっちが大切なの?」という比較と選択は
なかなかできません。多くの人にとっては、両方大切だと思うんです。
比較と選択はとても重要です。
でも、比較する必要がないものには「どっちも」はアリだと思い
ますし、選択により意識が薄くなってしまうのはもったいないと
思います。
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